晩秋の妙義山
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今日は埼玉県民の日
関越を走行している時にギザギザした山を
見るたびに一度行って見たい思いが募っていた。
県民の日はウィークデーの休日なのできっと
日曜日より混雑はなさそうに思うので
逃す手は無い。Good Chanse
平成17年11月14日
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春日部6:03発==大宮6:24着・大宮6:30発(高崎線)==高崎7:47着
7:52発(信越線)==松井田8:15着8:30発(タクシー)−−中乃岳神社9:00着・・9:15発・・第一見晴らし9:45着・・・第4石問10:00着・・大砲岩10:11着・・・本読み僧11:55着・・・第2見晴らし12:08着(昼食)12:25発・・・妙義神社13:30着・・・14:00発(タクシー)ーー峠の湯14:15着(入浴)16:20発・・・中仙道坂本宿16:30・・・横川駅16:56発==高崎発(準急快速)==大宮==春日部20:00着 |
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またも予定変更、現地の人は偉いわ!
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松井田の駅は閑散としていて何にもなし!シーズンオフなのでタクシーは1台もない。あらかじめお願いしてあったタクシーを呼び出す。
最初の予定では妙技神社から歩き、中乃岳神社に下りる事になっていたが、タクシーの運転手さんは、“何も日暮れの早い時期にわざわざ遠くで山を下りて帰るより、先に車で遠くに行って駅に近いところに下りてくるほうがいいのでは”・・・と案を出してくれる。
なんだか以前もルートをその日に変更した紅葉の日光の事を想い出す。地元の人は現状に強いので確かである。なるほど一理有りということで即変更する。 |
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大黒神社の朝は洗濯から
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まだ眠っているかのように静かなたたずまいに、真新しい金色の大黒様の像がそびえ立っているのが目に飛び込んでくる。
なんだかケバケバしく、周りの景色から浮いている様に見えた。大黒神社である。
神社のご朱印をもらうべく社務所に声をかけたが、なかなか出て来ない。茶店の人が勝手を知っていて家の中に入って声をかけてくれるがそれでも返事が無い。物騒な世の中なのになんと無用心な事だと思う。10分も掛かり、やっと奥から人影が出てくる。なんでも洗濯をしていて聞えなかったとの事、あまりのんびりとしているので文句の一つも言おうかと思ったが朝からいやな思いを与えるのもどうかと思い飲み込んだ。 |
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岩の醍醐味はムリ!さあ、歩くわよ
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左は大黒神社。
その後ろから急勾配の石段があり、これを上り詰めると登り詰めた所が中乃岳神社となる。 |
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中乃岳神社は欽明天皇の時代に創建された古社。古くから妙義山信仰の社として参拝されている。
妙義山は標高1104m 妙義荒船佐久高原国定公園を代表する景勝地とある。
いよいよこの社の後方に、岩場が待ち受けている。案内書によると私たちの歩く中乃岳神社〜第四石門〜妙義神社山の中腹を歩くコースは妙義山の最もポピュラーなハイキングコースらしい。
しかし岩の醍醐味を味わうには上級登山道として金洞山、金鶏山がある。この二つの山の間にある石門群の奇勝は国内の代表的な山獄景勝として有名との説明がある。
上級者のコースは鎖場があって魅力的だが、私達にはチョイト無理?の様なので遠慮・・・と言ってもそこに行きたいと思う人もいたのですが、きっと私に付き合ってくれたのだと、後の話で感じた。 |
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日本三大の奇勝って、これか?
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中乃岳神社より30分歩いた所に見晴台に着く。3・4人が見晴らしの岩に登るともう一杯といった感じである。そそり立つ岩に赤や黄色が見えて眺めよし。
見晴台の岩のところに小石が積まれていて、何の意味があるのか分からないが上手くつんである。壊そうという気持ちがちょっと動いたが、たたり?があると困るのでヤメタ。
昔、母に聴いたことがある話に、小石を一つ積んでは母の為・・・二つ積んでは子供の為・・と心で念じながら三つ四つと積み上げるが、ある程度積み上がってくると鬼が何処ともなく現れてその積み上がった石を蹴散らかし永遠に同じことの繰り返しをさせられるから、悪い事をしてはいけないと諭されたことを想い出した。
次の人が岩下で待っているのでそそくさと下りる。入れ替わらないと登れないほど狭い。 |
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この場所は第4石問と銘うってある所。上手い具合に風化して出来たのか?トンネルが出来ていてその向こうに大砲岩が見えている。
休憩所が設置されていて、絵を書くグループ、写真を一眼レフでのぞいている人、お弁当を広げているご夫婦と様々で面白い。あんな場所から何処を写しているのかしら?と興味はあったが、探究心は芽生えずに終わる。今更ながらに、もっと面白いアングルがあったのでは?と気付く。遅いよ〜〜! |
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第4石門から見た大砲岩がこれです.向かって左側が大砲です。丁度後ろの方からしか傍で見られないので大砲にはあまり見えないですね。
岩は長年掛かり風化して変形していくのでしょうが自然の力の偉大さを感じます。
妙義山は、この様な岩が特徴なのです。
日本三大の奇勝にあるようです。 |
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上級者は鎖場へ、初心者は? パス!
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左写真は鎖をたぐり登る。私たちのグループからの挑戦者は2人だけ。
右写真は岩の間を狭いつり橋の様な作りの道を歩く。 |
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| 妙義山はこの様な鎖が取り付けられている所が数箇所あるらしいが、上級者の心得が無いと危ない様子なのでその場所はパスです。これくらいの勾配なら私も出来ないわけではないが、栗駒山で膝を痛めたのでちょっと用心をしてやめておく。お転婆の私にしてみれば残念至極!しかし登りたかった。 |
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晩秋の光に浸る妙義山
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ハラハラと舞散る落ち葉を踏みしめながら秋の深さを感じてゆっくりと歩く妙義山の中間道。
そびえたつ岩に沿うように、その色を楽しませてくれる
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妙義山登山の中間堂の中間に差し掛かった時、石の形が丁度座って本を読んでいるかの様に見える“本読みの憎”と名づけた石がある。
誰が着けたか帽子とよだれかけ?
胸元には小銭が置いてある。これを仏として見立てての供養なのでしょうか?信心深い人もいると感心する。
タダの石じゃない!と私は現実に思うだけで、しおらしい心境にはなれない様です。
美しい景色を見てる時ぐらい素直になればどうかな?そうねぇ!自問自答。 |
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この地点は妙義神社から歩いてきて第2見晴らしです。
私達は逆コースで約2時間かかり2/3歩いた所です。今回もうららかなお天気に恵まれて申し分の無い日和で、おしゃべりと食い気の私達はとり止めの無い話をしながらおむすびをほうばり、晩秋の光に浸って楽しむ。 |
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東照宮を彷彿させる妙義神社(重要文化財)
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| 本殿 |
向拝屋根 |
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| 本殿は代表的な権現造り。又本殿は、拝殿と共に黒漆塗銅茸入母屋造りであり、拝殿は正面に千鳥破風をおき、その前に唐破風の向拝屋根を張り出している |
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唐門の天井に書かれている龍
今にも動き出しそうに描かれている |
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唐門は妻を唐破風にした銅茸平入りの門で、本殿も唐門の周囲は、彫刻でもって埋められていて、その素晴らしさは著名である。と妙義神社のパンフに記されている。
なんだか日光の東照宮に似ていると思ったらやはり日光東照宮の彫刻師がここに来て彫り上げたとも記されている。
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峠の湯でご入浴、運転手さんに感謝
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当初計画していた入浴場所は、残念ながら月曜日は休みという事であきらめかけていたが、お互い意思が通じたのか?タクシーの運転手さんと目が合い、いい温泉が無いか聞いて見る。心当たりに連絡を取ってくれる。
碓氷峠の方にいい湯がある事がわかり、乗りかかった船で、案内してくれるという返事。
30分走ったところに東軽井沢温泉・碓氷峠森公園交流館の中に“峠の湯”があった。
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入口はレンガ造りで今は無き、信越本線横川−軽井沢間にある”めがね橋”(現在は遊歩道になっていて、横川から散策できるそうです)をイメージしているそうです。
入浴は3時間500円休憩可
温泉はナトリウムー炭酸水素塩 塩化物泉
願っても無いところに連れて来て貰い、人のいい運転手さんに感謝です。 |
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滅び行く坂本宿(中山道)
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辺りは薄暗くなり空気もひんやりとなる。横川駅まで徒歩30分で着くらしい。じゃ、この界隈に坂本宿があるので見物しながら歩く事にする。
今にも崩れんばかりに坂本宿の家が道路沿いに当時の面影を必死で持ちこたえてたたずんでいる。町の方針なのでしょうか・・・草はぼうぼう、家は荒れ放題で何の手入れもなされてない様子。
この写真は坂本宿の面影を残す「かぎや」は代表的な旅籠建物です。伝承によればおよそ370年前、高崎藩納戸役鍵番をしていた当武家の先祖が坂本に移住し旅籠を営むに当たり役職にちなんで屋号を「かぎや」と付けたと言われる。
上州最後の宿、旅人足泊まりの宿場であると説明がされている
名称の由来は、日本国土の中間の山道ということで中仙道とも記されたが1716年、徳川幕府は中仙道を中山道と名称を統一した、との事。 |
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“コンニチワ”
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ひっそりとした町で広い道路に車が時折通り、行きかう人がほとんどない。
峠の湯を出たところで遊びに来た小学生の子供達に出会い、見知らぬ私たちに 大声で“コンニチワ”と声をかけてくれた。そしてぶらぶら横川駅に向かって歩いている時、学校帰りの中学生がすれ違いさまに又“コンニチワ”と声をけられる。
へ〜〜知らない人でもちゃんと挨拶が出来るのだと感心する。学校の躾かはたまたおうちでの躾か?挨拶がこれほど新鮮に思えたのは最近に無いように思う。誰でもかれでも挨拶はしないと思うが、私達が旅人だと服装から感じて、土地の人では無いと判断してのことなのでしょうね。あまり人通りが少ないから出来るのでしょうか?
山をトレッキングしている時はすれ違う人達に“こんにちは”と挨拶はするけれど結構面倒に思う時がある。あの挨拶は義務?それとも習慣? |
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もう少しで駅? 5分位?
横川駅のことなんだけど!
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すがすがしい気分になっているが、のんびりとしすぎて電車の時間が迫っている。見知らぬ土地で後どれくらいで横川駅に着けるのかがわからない!
松井田町立西中学から出てきた生徒さんに聞いてみるともう少しで駅です。との答え
でも、そのもう少しがなかなか着かない。刻々と時間の針が回り、気があせってくる。駅の道程がこれほど遠く感じた事はない。半分駆け足状態。
やはり人に教える時は具体的に言わないと、それぞれのスケールが違うので・・・計り知れないと思った。今度はもう一度、他の生徒さんに後どれくらいで駅にいけますか?と聞くと5分位の返事。ア・・・何とか間に合いそう!でもその5分でもつかない・・・悲壮。私たちのコンパス?のスケールが短い?
出来るだけ急いでやっとの思いで着いた!とおもったら、発車のベル。あわてて飛び乗った。 冷や汗まじりの吹き出る汗がしばらく止まなかった。 |
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