チロルでの初トレッキング
グロースグロックナー編

日本は真夏オーストリアは秋の気配
避暑地となったチロル。
もう少し滞在したい気持ちと
日本が恋しい気分と50:50
8/15 マイヤーホーフェン発8:30 オーストリア最高峰グロースグロックナー山麗へ移動。カプラン ホテル11:00着 ホテル発12:00 氷河ハイキング ホテル17:30着
8/16 カプラン ホテル発8:00 市内観光(カプラン)カプラン発
13:00 ミュンヘン着17:00 ホテル18:00着
8/17 ミュンヘンホテル発4:30→ミュンヘン空港KLM6:45発→アムステルダム着8:15  オランダ・ミュージアム見学→アムステルダム発14:15(機内泊)
8/18 成田8:35着
    

畳が恋しい


8/15
マイヤーホーフェンからカプランへの移動です。

1時間ほど走ったところで休憩。遠くに滝を見ることが出来ました。
滝を見るために双眼鏡が設置してありましたがいくら入れるのかが分からず,ま、いいかと肉眼でみるだけ。
Rudolfshof ホテル ホテルのバー
観光地での宿泊はとうとうこのホテルで終り。日頃ベッドを使用しない私はやはり畳が恋しくなってきました。海外での希望、饅頭が食べたいに続く第2段、畳の上で寝たい。
格好をつける自分ながら,
いささかベッドはもてあまし気味なのです

ウマ!日本人好みの味ね! 
このステーキ!


ホテルに荷物を置いてすぐに、今日の目的地グロースグロックナー(オーストリア最大の氷河)へ行く事に。

途中昼食の為、数少ないレストランをやっと見つける。先客が食べていた物が美味しそうなので同じものを注文する。

結局メニューを見ても内容が良くわからないから、現物を見たほうが確実なのです。
ステーキ
GASTHOF SONNBLICK
レストラン

同じ物であれば作る時間の節約になるし、人の物を見ても羨ましがらない得点がある?

この料理にも野菜類が少ない。その代わりなのかフライドポテトがどっさり。

以外なことに醤油が使われていて日本人好みの味であった。私たちの為に味を調節してくれたかどうかはわからないがsoy sauceのビンを見せてくれた。
久しぶりに美味しいと感じた。
お腹が減っていたのかな?

絵になる美しい村

右の写真は通りがかりの村ハイリゲンブルートです。

緑が美しくて日本にもありそうなほっとする一瞬・・・

絵になる美しさってこのことかしら。

グロースグロックナーを背に、緑の谷に立つ教会は人気のスポットのようです。

10世紀ごろの話、ビザンチン(東ローマ)帝国の官吏ブリッキウスは聖なるキリストの血Heilinenblut(ハイリゲンブルート)を持って旅をしていたが、冬の寒さで、この地で行き倒れとなってしまった。彼と聖血の為に献堂されたヴィンツェンツ教会(St.Vinzenz)の聖櫃には、伝説の聖血が秘蔵されていると言われている。


(写真大きくなります)
教会の中も内陣の聖クリストファーのフレスコ画、ゴシック期の祭壇が見事だと本に記されている。 見たい気持ちはあったが生憎と時間の都合上立ち寄れず、一望するのみに終わった。残念!

左の写真は村をグロースグロックナー山岳道路から見たものです。
(写真大きくなります)

グロースグロックナー3797m
氷河、雪渓、吹雪・・真夏なのに

グロースグロックナー山岳道路は有料。ヘアーピンカーブの連続。車の窓が曇り、外は
寒そう。

展望台フランツ・ヨーゼフス・ヘーエで車を降りると吹き付ける風が寒い。
オーストリアの最高峰グロースグロックナー(Groglockner)
標高3797m。3000m級の山々が連なる周辺一帯は、ザルツブルグ州とケルンテン州、そしてチロルにまたがる広大なホーエ・タウエルン国立公園となっている。グロースグロックナー山岳道路は難工事の末、1935年に完成。そのお陰でアルピニストでなくても氷河や雪渓の世界に近づけるようになったと記されている


グレチャーバーン
(往復7ユーロ)
氷河の上にはケーブルカーで下りられる。
(右の赤い
箱)
ケーブルカーで下りるともう吹雪いていて、頬にバチバチと細かいアラレが吹きつけ痛い! 合羽に着替えればよかったのに風が寒い。階段を下りて氷河へいくのだが、なかなか前に進めず皆より遅れを取ってしまう
日本は確か真夏なのに・・・ここはもう冬・・・うそみたいな現実!
パステルツェ氷河 (Pasterzen Kees)

町の教会、礼拝堂はガラ〜ン!

8/16
カプランはさえない天気。今日はミュンヘンへ移動です。時間の許す限りカプランの町を見学する事になりました。

特に目立つ観光の物はない様です。今まで旅をする中で教会が必ずその町々に有り、その美しい姿を目にしましたが中を見学は出来ませんでした。

今日は教会の中を拝見しました。
教区教会 Margaretha

誰もいないガラ〜ンとした礼拝堂。
祭壇左の置物 祭壇右の置物 祭壇向かって右壁
この置物は聖母マリア像とキリスト像なのでしょうか?壁にはキリストが十字架に掛けられそして蘇る絵が飾られていました。

小雨降る墓地、所変われば賑やかに

小雨の中の墓地。

思い思いの故人への思いを残す墓石、写真が挿入されているもの、飾り付けがしてある物があり、花は地植えにしてあり寂しい色でなく賑やかに楽しむように植えてあった。

所変われば・・・それは風土に合ったもとなるのですね。
日本の墓地は私が知る所では寂しいです

お別れはミュンヘンで

町のあちこちでキリストの像が見られる。
カプランでの昼食はこのホテルのレストランで済ます。
8/9〜8/16までの8日間私たちを乗せて,チロルのあちこちを文句一つ言わずに走ってくれたレンタカーご苦労様。納車をする時、前から後ろからグルグルなめ回すようにチェックされて引渡しになりました。ディーゼルカーなのでガソリン代が安かったようです。ちなみに1000キロ走った
ルノーです。

Quality Hotel

夕方にミュンヘンに到着してレンタカーを戻したので、ホテルへはタクシーにて行く。
とうとうこのホテルにて海外旅行とのお別れになります。

最後の誘惑

たわわになっているリンゴもう周りには山はありません。住宅地です。暗くならないうちに、町並みを少し歩いてみました。

なんとリンゴがたわわになっているのを見つけました。
お庭になにげなくあって、手を伸ばして失敬したい悪魔の誘惑を何とか振り切り、観賞する。あまり甘そうではない様に思うが住宅のお庭で見るのはいいものです。

アクシデントは急にやってくる

トランペットフラワー
トランペットフラワー
東京のトラベラーからの連絡がFAXで知らされて来た。なんと、手違いで2名だけが、明日のミュンヘンで乗る飛行機のチケットがとれていない!信じられない事実。急遽予約出来たのが6:45発の便。(予定は10:25発)

エ〜!別行動?リーダーが先に行ってしまうと我々どうなるの〜!飛行場から旨く飛行機に乗れるのかしら?言葉が不十分な事だけに、心配が募り、結局全員の変更をお願いする事になる。運良く変更が出来てホット胸をなでおろした。

さぁー朝が大変。早起きしなくては・・・
モーニングコールをお願いして一日が終わった。

8/17
3:30 夢うつつで目覚ましを止めようとして探すうち“ドタッ”!ベッドから落ちた。その音で友達も目が覚めた様子。最後に失敗!

早朝にもかかわらず食事の用意がホテルで出されていた。

皆で揃ってミュンヘンをあとにする事が出来た。

まるちゃん雲に乗る

ミュンヘンの飛行場
朝日にきらきら光る雲の上を飛行機はゆっくりアムステルダムへと。この雲の上を歩きたい衝動にかられました。

ヒデよ、ほらっ、え〜〜?

とんだハプニングでアムステルダムからの出発時間までに約5時間あるので博物館へ行くことになった。
スキポール駅から地下鉄に乗る。思いがけない展開に、付録が付いたようにうれしい気分。
切符を購入する時、誰かがアレ?あの人中田じゃないの!と言う。エ・エ・エ?

後姿なのではっきりしなかったが、それとなく探りを入れると、やはりその様だ。

そして乗る電車も一緒の様子。よく見ると傍に女性の姿。だ〜れ?あくまでも密着したかったがなんだかイヤーなおばさんなんて思われるのもいやなのでそ知らぬ顔をする事にする。

遠目でチラチラと気にして見る。楽しそうに女性と話をし、私たちより先に下りてしまいました。何処に行くのだろう?気になるな〜〜!
(写真大きくなります)

日本チョンマゲ、オランダ風車 んっ?

興奮冷めやらぬうちにアムステルダムセントラルステーションに着き、オランダの町に出る。オランダと言えば風車をイメージするが、何処にもない?

以前オランダに来た人の話では、風車は観光の名物として置かれていて、その場所に行かなくては見られないそうです。
帰国後、NHKの世界遺産の番組で、オランダの風車はごく一部しか残っていなくて今でもその風車と共に生活している話がありました。風力、風向きによって風車の羽を調節する技があると紹介していました。
あくまで地形的には水より土地が低いので水を掻き出すのは風車に頼らず電気の力で行われていると説明をしていました。
どこかの国の人が日本人と言えば“チョンマゲ”の国と言っていた事を思い出し、自分もそのたぐいかなと一寸恥ずかしくなりました。
アムステルダムステーションから出たすぐ前の景色。
路面電車が走っていた
(写真大きくなります)

RIJKS MUSEUM
(アムステルダム国立博物館)

限られた時間なので駅前からタクシーにて博物館に来る。
主な興味の的は『黄金時代』17世紀のオランダの絵画とあります。
レンブラント、フランス・ハルス、ヤコブ・ファン・ロイスダール、ヤン・ステーン、ヨハネス・フェルメールの傑作を大量に収蔵していて、オランダ派絵画の独創性と高い品質を、これほど堪能できる所は他にない。と国立博物館・館長の
ロナルド・デ・レーウさんが説明本の序文に記している
またまた知識のない自分を知りました
作品は本に記されているものは140ページに及んでいる。一つ一つ観賞したい所だが、時間に限りがあるので、立ち止まらずに急ぎ足で見る。写真をとってもいいらしいが、フラッシュはご法度。私のデジカメではフラッシュをオフにしても暗い所では自動的にフラッシュになるようなので残念ながら一枚も写せませんでした。
(写真大きくなります)

牛乳を注ぐ女(フェルメール画)

牛乳を注ぐ女 (ヨハネス・フェルメール 1632−1675)
人だかりがあってこの絵を鑑賞している。
私は始めてみる絵です。

ガイドブックの説明では「牛乳を注ぐ女」は、最も賛美されているフェルメールの絵画の一つである。
窓辺に立つその女性は、頭をわずかに傾けて注意深く牛乳を壷に注いでいる。差し込む光は、見る人の視線をおのずと牛乳の流れへ向ける。その流れを見て、実際にその音が聞こえるほど鮮明に描かれている。この部屋では、他には何の動きもない。
フェルメールがどの様に現実を描写したかを知る事は魅力的だそうです。
良い絵が見られて本当に良かった。
一つ知識が増えました。

博物館の門から館の入り口の間の通路に、ライオンのような彫刻が置かれていて、出迎えてくれました。

お庭もきれいだったのにゆっくりと観賞は出来ず残念。又くる時は・・・と思っても一寸遠すぎます。こられただけでもラッキーな事と思いました。

ただ乗り

帰りはなかなかタクシーが捕まらず路面電車に乗る事になる。この町は自転車が多く、専用の道路が作られていました。

電車に乗ったが切符を売る車掌さんは見当たらず何処でお金を払うのかと気にしていましたが、結局終点のアムステルダムステーションまでわずかの距離の為か?払わずに、ただ乗りをしてしまいました。
この門をくぐると博物館

目が覚めれば夏、Japan

とうとう又機上の人となる時間が迫ってきました。もう帰るの!一寸ホームシックになりかけていたが、いざ立つ時が来るとまだ滞在したい気持ちに変わる。

アムステルダム発14:15 KL861
(Seat 43E)。
待ち時間では最終的にお土産を買い求めたり、空港ならではの,いろいろな国際色を眺めて雰囲気を感じ、ため息交じりで過ごした。待合室では日本人の顔が多くなってきて、沢山の人が海外に来ている事を改めて認識する。
帰りは『夜』があるようです。時差が7時間もあるので、できるだけ早く機内では寝ること。エコノミー症候群にならないよう機内の中を歩く事も忘れずに。との最後の注意がある
ア・・・目が覚めると真夏の日本と言う現実 なのです。

エピローグ 〜次はどこへ行こう?

8/18
予定通り成田に到着。初めての海外旅行は私にとって刺激的でした。

学ぶ事も多く、そこにいかなくてはわからない事があるという事。

以前の私の考え方だと、行って、あー楽しかった。で終りじゃないかと。海外旅行の費用をそのままに、例えば宝石に使えば現物が残るのでいいじゃないかと言う思いでした。

今では考えが違います。体験することはいかに素晴らしいことか。健康であるからこそ、それが出来る。井の中の蛙から脱皮したような感じです。
孫と散歩をしていて青空にす〜〜っと銀色にボディを輝かせて飛んで行く飛行機を眺め、ア・・・私もあのコースで飛んで行ったのだと思うと感無量になる自分がいます。海外旅行の要点もわかり、本当にいい経験となりました。もう来年の計画が届きました。さ〜又行くかな〜〜!
<参考文献> 地球の歩き方(ダイヤモンド社)
          アムステルダム 国立美術館 テキスト
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